2017親爺のずぼら絵日記(冬)
 今年は新年のご挨拶失礼いたしますが、皆様にとって
今年も良い年となります様お祈りしております。
 年頭ですので項を改めました。   H29年元旦  親爺



3/31
 常願寺川と称名川が合流する瀬戸蔵。写真左の流れが称名川で右に折れているのが真川、つまり常願寺川の本流である。
 芦峅寺の山里から約6km、この二つの流れに挟まれた、美女平の麓の僅かなエリアが千寿ケ原と呼ばれる地で、立山駅
等ががここにある。
 立山駅からはケーブルカーが美女平に伸びており、立山の玄関口となっている。
 雪が未だたっぷり残っている。


 真川は薬師岳登山口の折立まで続く。
 


3/30
 いよいよ冬が去り、春の姿が現れてきた。黄色く色づいた杉木立からは花粉が飛び、オカカなのはくしゃみが止まらない。
親爺は花粉症の症状はほとんどないが、僅かに目じりがかゆくなったりはしている。これが花粉の所為なのかどうかは良く
分からないが。
 我家でもついに、居間の床暖を止めた。居間の暖房は反射式石油ストーブだけだ。居間のストーブが完全に片付くのは
五月も末のころで、どうかすると6月でも寒い日はストーブがほしくなる。今夜からは夜具に入れる湯たんぽも止める予定。
 庭の雪が解け切って、晴天の今朝など、家の中よりも庭先にいる方が温かい。


 隣の謙ちゃんの家の庭にはまだ雪が残る。   親爺は出かけるたびにドローン持参、飛ばせるところでは何所でも飛ばす。
 


3/29
 この冬のページもかなり重くなって来た。そろそろ春の頁に改めねばならない。
 今日も晴れて、大日が遠くに見えるが、この時期独特のアイのかかった、ぼんやりした見え方だ。アイとはつまり間であり、
雪解けの靄やら黄砂やらで、透明感を失った大気を指す。まぁ、ガスがかかってのガスと一緒の使い方なのだが、もっと長
閑で、広大で、薄い大気の濁りをいうのだ。
 黄砂はまだ来ていない立山のようだが、弥生末の今日は、眠たくなるような穏やかな日になっている。


 隣の桃の木も漸く花を開いた。


3/28
 あたら若い命が、雪崩にのまれ、消えた。
 那須のスキー場での、高校生の安全登山講習会でのことだ。
 主催者側がいくら考えられるだけの周到な準備をして行ったと言っても大自然の前では何が起こるかは分からない。
 引率教員1名を含む8名が雪崩にのまれ亡くなったという事実は消えぬ。
 雪崩注意報が出ていたというではないか。その時点で子供たちのラッセル訓練など行うべきではなかったのだ。
 そんな判断も出来ぬ連中が偉そうに指導者だとは、思い上がりも甚だしい、主催者、指導者は見苦しい言い訳などせず、
自らの判断の甘さを真摯に認め、このような事故の再発防止のためにも、猛省すべきである。
 雪崩に巻き込まれ亡くなった8人の皆さんの冥福を祈るのみ。
 それにしても、最後まで指導者を信じつつ雪崩に飲まれた子供たちが不憫でならぬ・・・・・。
 山里は雪が解け暖かくなってきたというのに。


3/27
 朝、9:30に公民館前集合だったので、9:15には出むいたが、何人も来てもう何やらかやらと喋っている。
 今日は4年ぶりの同級会。この前が還暦の時だったから、皆64歳の顔をそろえる事になる。
 普段村に居ていつも顔を見ている連中はともかく、中には40年ぶりで会う者もいる。いやいや嬉しいやら懐かしいやら。
 それやこれやで、宴会場のバスが迎えに来て、総勢13名で出かけた。
 小学校卒業時は27人の同級生がいた。物故者が3人いて残り24人。諸般の事情で全く音信を断ち、連絡のつかぬ者
が6名で、残り18名だ。で、そのうちの5名が仕事などの都合で出席できなかったが、還暦過ぎの同級会など大凡この様
なモノだろう。
 今更何の遠慮もいらない竹馬の友ばかり、更に還暦過ぎのジジババばかり。気楽と云えばこんな気楽な会合はない。
 この年になれば皆、自らの歩んできたそれぞれの人生ドラマを持っており、そんな情報交換をしているだけでも時はあっ
と云う間に過ぎて、昔の思い出話などあまり出なかった様だ・・・。
 宴会が終わり雄山神社となりの公民館前で、解散直前、親爺はドローンをご披露。
 「カズ(親爺の事)は昔から玩具やら、飛行機やら、こんなことばっかりしとった・・・。」「今も変わらんちゃ。」と誰かと誰か
が話している。でも「おい、手を振れよー。」と声をかけるとみな一生懸命手を振ってくれる。
 どうだ、この面々。どこにでもいるジジババだが、親爺にとっては一人一人が皆、掛け替えのない「同い年」、大切な竹馬の友なのだ。
 「お〜いわいらぁ、ドローン動画はこっちにあるぞ〜。」 


  

 


3/26
 今から小学校時代の同級会だ。幹事のツネが13人出席だと言っていた。
 故郷の学び舎で机を並べた同級生は27人。そのうち慌て者がすでに3人旅に出てしまい、現存は連絡可能なもの20名
と云った処だ。
 若いうちに故郷を出たものが一人二人おり、こういう連中から連絡が疎遠になり、遂には消息不明となる。
 名簿を数えたらそんな者がもう4,5人いる。
 何にしろ楽しいだろう。遠慮も何もない連中が集まって芦峅寺言葉で好きなように馬鹿話をして盛り上がろうというのだ。
 親爺も自慢のドローンを以て、今から駆け付けよう。
 山里はうららかな晴天だ。




3/25
 飛騨から帰り、今朝は朝一番から佃煮屋のまねごとをしている。
 以前テレビの番組で、東京の老舗佃煮屋さんの作業を放送していた。佃煮は醤油やみりんで食材を煮込むだけの物
だから、そんなに難しいものではないと思いながらも、親爺のいい加減な素人仕事ではとても老舗佃煮屋の味は出来な
いし、たまに上京した時には、いろいろと佃煮を買い込んでくるのは楽しみなものだ。
 で、その番組の中で、職人さん(あるいはご主人)が解説して曰く、「佃煮は煮詰めるものと思ってらっしゃる方が大半
だが、せいぜい45分ほど煮込んで、煮汁から引き揚げ作るものだ。ただその煮汁の醤油やみりんの配合はその店の
伝統だから、いろいろあって言えないが、うちでは昆布を煮て、魚介、ゴボウのような順番があり、煮汁にはその都度、
醤油屋、みりんを加え、素になる煮汁は使い続けている・・・・。」だそうだ。
 単純な親爺、ここで納得。いつも煮詰めようとするからいけない。45分で煮汁から引き揚げればいいのだ。
 で、その伝を守って、今日も45分で具材を煮汁から引き揚げるを信条に佃煮を作っている。
 結果、甘くてべたべたした佃煮よさらば。東京の某老舗の味に近い(親爺のあてにならぬ舌による)辛い手作り佃煮が
煮あがっている。
 水あめは使わず、みりんも最小限で、やや浅炊きのシイタケ昆布が出来た。味は十分だがやはり照りが出ない・・・。


 先般煮た佃煮の煮汁の残りに、新たに醤油やみりん、酒を加えシイタケ昆布を煮た。飛騨牛がもったいないので、アンガス牛
のショルダーブロックを切り分け佃煮に。シイタケ昆布を引き上げた後の煮汁に・・・
 

・・生姜の千切り少々と、更に醤油、酒、みりんを好みのままに加え煮、45分で引き上げざるで煮汁を切る。
 今朝は佃煮屋ごっこの親爺である。楽しい。
 


3/24
 昨日午後に家を出て、飛騨古川に向かった。親爺もオカカもここ10年来、気に入ってお世話になっているお宿、八ッ三
館で羽を伸ばすのが目的。
 何時もながらの温かいおもてなし。貸切風呂でゆったりと湯に浸かり、部屋に帰ってゴロゴロし、美味しい食事を頂き、
またゴロゴロしたり湯に浸かったり・・・。
 このお宿はもともとが料理旅館で、食事用の立派な個室で一品一品、丹念に作られた料理を、心づかいの行き届いた
仲居さんの給仕でいただくことが出来る。で、その食事に外れがない。
 親爺もオカカも冬の間の、縮こまりがちだった手足を思う存分伸ばし、ゆったりと一夜を過ごしてきた。
 夕食の膳は、さっとこんな感じ・・・まだ焼き物を撮り忘れている・・・・・兎に角美味しいのだ。


   
 
   

  


3/23
 今朝は暖かく、庭の雪もほとんど解け切った。久々につっかけ履きで庭に出てみた。
 このところドローン撮影が面白く、上空からの写真ばかり撮って掲載していたので、足下に目を移し、恐らく10歩で端
から端まで歩み切る、我が家の庭をウロツクと、雪が解けて顔を出した庭石さえ新鮮に見える。
 オカカがチューリップが芽吹いているというので、垣根脇まで行ってのぞき込むとそれらしいのが数本見えた。
 我が家の庭にも春が来ていたのだ。写真を撮って顔を上げると、隣の桃の木に僅かに花が咲いているのも目に付いた。
 航空写真では見えないものが次々と目に入り、僅かな時間の庭観察で春の訪れを実感した。
 山水の散水で、僅かに残った雪も間もなく解けるだろう。


 何もせずともチューリップが芽吹き、隣家の桃の木にもわずかながら花が咲き始めた、これぞ自然の息吹・・・。
 


3/22
 山里は又雪化粧・・・とは云え水雪を薄く纏った程度なので、寒さも厳しくはないので、春が遠ざかることはない。
 我が山里辺りに来た、今年の冬の神様は小者だったようで、さほど思い切った雪も降らせなかったがその分決断力
も欠けているらしく、ここに来て未だぐずぐずしている。
 で、親爺はまだ雪がちらついている朝、山里の最後の冬の名残を撮影しようとドローンを上げた。
 小者の冬の神様でもやはり神様だ。村の家々の屋根はすっかり白くなっていた・・・。余り神様をなめていると、4月に入
ってからでも雪の数十センチは降らせるくらいの力は持っているから、ここはひたすら早く立ち去って下さるように、お祈り
しておくことにしよう・・・。


 冬の神様に祈りをささげている親爺・・・ではなくて、ドローンを操縦している親爺。


3/21
 雨が降り、雪を解かす。積雪がまだ70cm余りの山里では、冬の終わりと云うか、春の始まりと云うか、冬と春の間の
残雪期とでも言おうか・・・・・。
 まだ朝晩の気温は2〜3℃なので、居間の石油ストーブと床暖房は切ることが出来ない。それでも日中はストーブを消
して過ごす時間も出てきた。我が家の居間は18℃位が、冬のしっかり着込んだ服装では丁度。
 今日は雨だからいくらか肌寒いが、却ってこのくらいが過ごしやすいほどの耐寒力はついている。


 何時もなら雪崩が出る不動山の斜面が、今年はなぜか雪崩が出ない・・・。


3/20
 今日はお彼岸、我が山里の閻魔堂でも村の催事として法要が行われる。
 三月の閻魔堂は大忙しだ。オンバ様のお召し替え、涅槃会、そして今日のお彼岸である。これらは全て村の催事とし
て行われている。
 閻魔堂の仏事を執り行うのは天台宗の住職だが、北陸の福井、石川、富山は真宗王国で、富山にある天台宗の寺は
今や富山市内の円隆寺だけ。芦峅寺に有る立山寺は今は無住となっている。
 わが山里の住民も、神道、天台宗、浄土真宗、真言宗等々いろんな宗派に分かれているが、閻魔堂ではそれら全てを
区別していないようだ。今日も祠堂経と云う、真宗の先祖供養があり、天台宗の我が家も去年旅立った爺様の供養をお
願いしにオカカがお布施を持って参拝してきた。
 うららかな春日、山里も雪解けのころとなって来た。


 ヒーチャンにもらった八朔、オカカが全部身をむいた。食べきれぬ分はタッパーに詰め冷蔵庫保存。


3/19
 一昨年の秋ごろ、この橋は通行止めされた。橋が沈下したとかで、その補強工事の最中に又沈下したので、中止して
対策を検討中という事だった。旧大山町と、立山町を結ぶ橋だが大山町が富山市に合併吸収された今は、この橋は、
富山市が管理しているのだそうだ。
 で、あの通行止めから1年数か月、通行止めはそのままで、その間に何か調査されたり、動きがあったかと云うと、全く
何もなく、放置されたままになっている。
 富山市は大変だった。市会議員が自らの報酬を月額一律10万円アップと云う決議をし、市民からのバッシングを食い、
鉄面皮を以て強硬しようとした矢先、政務活動費とやら言う何やら怪しげな費用の、不正受給で馬脚を現し、その火種が
瞬く間に議員の足元を焼き尽くし、大量の議員の足元をすくってしまったのだから・・・・・
 なるほど、こんな山間へき地の、票数にしても高の知れた地域の橋など、力が入らない。放っておけばいい。という事か。
 議員報酬を上げるのにシクジリ、大量の辞任者を出し、補欠選挙を行い、・・・そんなことにも大きな税金が使われている。
 瓶岩橋の修繕工事費は、そこから出たのではないか?予算が無くてできぬとは、虫の良すぎる答え。
 富山市政の無能はついにここまで来ているのか。
 この橋の動画はこちらにアップしておいた。 


 いつまでこんな状態を世間にさらしたままにするのだろうか。間もなく立山も開かれ、100万人の観光客が、この脇の
富山立山公園線を通るようになる。


 この地域の人たちは不便だろう。今まで当たり前に使っていた橋が、1年数か月にわたり通れぬとは。


 管理責任を負う役所は、本当にこの橋の補修繕する気があるのだろうか?今朝は怒りの親爺であった・・・。


3/18
 我が家では玄関先から階段で、庭から道路へも石段を下りねばならない。幸い広大な庭ではなく、猫額亭と名付けて
居るほどの、坪庭に毛の生えたような庭なので、玄関から道路までは階段を延べ10段ほどと云ったわずかな距離なの
だ。それでも外へ出入りするにはその石段通路を確保せねばならず、オカカが考えて庭に引いてある山水を、この石と
コンクリートの石段通路に融雪水として流しっぱなしにすることにしている。
 効果は絶大である。滅多なことでここの除雪をする事は無い。が、この水の流しっぱなしで、石やコンクリートに藻が着
くのだ。一冬経って藻が着いた石段は滑りやすく、先ず薄汚い。で、この時期になるとオカカが高圧洗浄機を駆使して、
石段に着いた藻を一掃するのだ。昨自治1時間余りをかけ、オカカがこれをやった。そしてきれいになったと喜んでいる。
 親爺も今朝になってそれを見てみたが、まあ、そんなようだ・・・。もともと庭や、玄関先の目地の汚れなど、全く無頓着な
親爺だからだろうが、我が家はオカカでもっている・・・・・。
 隣の桃の木、今年はまだ花が咲かぬ。


 オカカが頑張って、高圧洗浄機で付着した藻をすべて洗い流した。成程そういえばそうだったかもしれない・・・・・。
 

           


3/17
 高曇りで立山の方は明るいのだが、やや薄暗い曇天の朝、気温は3℃程あり寒くはない。3℃の気温で寒くないとは、
長い冬で体が寒さに慣れ切ってしまっているからだろう。
 もう一月もすれば小屋開け。スケジュールや入山メンバーとの打ち合わせがそろそろ忙しくなって来たのは去年までの
話だ。山小屋を引退した今年からは何もせずとも良い。気楽は気楽だが、調子が狂う。
 39年間も繰り返してきた生活が大きく変わり、それも易き方に変わったので、あまりにも気楽すぎて怖いくらいだ。
 何が怖いかと云えば、余りの易さに慣れ切って惚けるのではと云う事に尽きる。
 もう何年生きられるかは知らぬし、知りたくもないが、生きている間はせめてまともな精神状態でいたいもの・・・。
 ひどい寒さは、耐寒力をつける。ならば、ぬるま湯の様な気楽さだけでは惚けてしまうかもしれぬ。
 精々いろいろなことに興味を持ち、色々なことに手を出し、旅にも出て、惚け防止に心掛けねばなるまい。
 そんなことを考えている、今朝の親爺だ。


 オカカがが「お釈迦のだんご」のお守りを作った、例年よりやや少なめである。


3/16
 昨日は閻魔堂で、「団子まき」があった。13:00頃に「寄せ鉦」が叩かれ、オカカも出かけて行った。
 この団子は涅槃会の供物の団子で、釈尊の入滅日が旧暦2月15日とされることから、我が山里では、これを新暦に読
み替え、3月15日と定め、今でも毎年3月15日に、閻魔堂(現存する村共有の堂で、宗派にはこだわらず、村の催事と
しての仏事はすべてここで執り行われる)で涅槃会を行っているが、その供物の団子を参拝者全員にいきわたるよう撒く
ので、「だんごまき」の日として呼びならわされている。
 仏の功徳を参拝者皆に、公平に行き渡らせる意味での団子まきなので、その団子は有難い功徳そのもの。お守りとし
て喜ばれた。
 我が家でも婆様が健在な時から、オカカと二人この団子を毛糸の小さな袋に収め、小屋開けに立山へ向かうスタッフ全
員に配っていたものだ。
 もちろんこの習慣は今もオカカぬ受け継がれていて、親爺が山小屋引退の今年も、数は減ったが子供たちに持たせる
分や、車のお守りとして、せっせと編み棒を動かしている。


 団子まきは本来、戸外で屋根の上から撒いたが、最近は堂内でも撒くようになった。こんな雪の日は特に・・・。
 


3/15
 日曜日に大相撲春場所が始まってからと云うもの、親爺とオカカは午後の何時間かはテレビの前に釘付けだ。
 今場所は稀勢の里の横綱としての初めての場所だから、その土俵入りから、嬉しく、楽しく、頼もしく観た。更にわが越中
の国には、朝の山と云う郷土力士が、なんと琴が梅以来、29年ぶりに誕生したのだ。
 日本人横綱は19年ぶりに誕生したが、越中の郷土力士に至っては29年ぶりなのだそうだから驚く・・・。
 朝の山はまだ十両の下位なので、その取り組みはBS放送で、14:50前後になる。だからテレビ桟敷にはその10分も前
から座り込む。先場所なら早くとも16:00過ぎからの観戦だったのだから一時間以上も早くテレビ噛り付くこととなった・・・。
 が、朝の山はかなり固くなっており、まだ仕切り段階からぎこちなさが目立ち、現在の処黒星先行、1勝2敗。固さが取れ
もっと勝負に集中できるようになれば、実力は十両上位を超えると思うのだが、これは贔屓目かもしれぬ。
 相撲は負けて強くなるとやら、それでも折角の関取の地位は死守してほしいものである。
 横綱稀勢の里に続く高安、御嶽海、正代などの実力派、宇良や石浦などの異能力士派、いやいや最近の大相撲は面白
い。最強横綱白鵬もここに来てその実力に衰えが出て来た。鶴竜や日馬富士などはもう怖くはない。照ノ富士、逸ノ城の実
力が脅威ではあるが、モンゴル勢の勢いもここで止めねば日本の国技「相撲」もまたおかしなものになるかもしれない・・・。
 海外勢の力で、日本古来の相撲も実力が上がったことは事実だが、戦う相手への尊敬、礼儀を欠いては、猛々しいばか
りの格闘技となる。
 勝ち星を積み重ね横綱となっても、礼儀作法をわきまえず、ガッツポーズをとったり、ダメ押しを繰り返す似非横綱には、
日下開山の呼称は相応しくない。
 稀勢の里に真の日下開山を見せてほしいものである。これも島国日本人としての贔屓目かな・・・・・。
 今朝は雪である。


 家のあちこちに、オカカが花の小鉢を買ってきて並べだした。さっき花の名を聞いたが、もう忘れた。が、春よ来い!である。
 


3/14
 昨日、閻魔堂で行われた、オンバ様のお召し替えの様子を、オカカが写真に撮ってきてくれた。
 何社か、報道機関も来ていたそうだが、こんな神事仏事が数多あるわが山里でも、そろそろこれらの継承が、不可能
になりつつあるので、今のうちに十分取材しておいてほしいものだ・・・。
 博物館にはそれなりの資料があるだろうが、この手の伝統的な村の共同催事と云うものは、土着のよく意味の分から
ぬママの継承により支えられ、深い味わいが出てくるもののような気がするから、何年かたって資料を基に外部からの
協力で再現されるものとは違った、大らかな故郷の匂いを感じることが出来るのだ。
 村の女衆がオンバ様の衣を縫う。


 オンバ様の衣はこの後、雄山神社開山堂でお祓いを受け、焔魔堂に戻り着せ替え、僧侶の読経で締めくくられる。
 

 現在、閻魔堂には四体のオンバ様が安置されている。女人禁制の立山信仰の中での、女人救済の姥尊信仰は今も山里
に受け継がれる。
 


3/13
 3月も半ばに差し掛かり、今日で三日間続く晴天で、雪がすっかり量を減らし山里は一気に春めいて来た。
 因みに今朝8:00の山里の積雪は90cm、気温は6℃である。
 立山信仰の伝統を色濃く残す我が芦峅寺だが、その伝統の守り手である事に、村人は昔から大きな誇りを抱いている。
 現在もその伝統の中、村主体の神事仏事は数多くほぼ毎月であるし、そのどれをとっても結構な人手を要する。
 で、ここにきてその伝統行事の継続が、実に困難になってきた・・・。
 我が立山の山里も、ご多聞にもれぬ限界集落であり、村人がいくら頑張っても、立山信仰の伝統を受け継いでくれる若
い衆がいないのだ。
 その伝統が、千年の余ににわたり受け継がれてきたとしてもである・・・。
 雄山神社の例大祭にしてから、先ず神輿の担ぎ手がいない。熊、鷹二基の神輿それぞれに8人、計16人の若者など、
この村の何所を探せばいるのだろうか・・・。
 とにかく、立山信仰の伝統を守るには人手が要るし、それを受け継ぐ若人が居なければならぬのだが、今や限界集落と
なったこの村自体の存続が危ういのだから、これは如何ともし難いのが現実である。
 そんな中、今日も閻魔堂ではオンバ様のお召し替えが行われているし、この後月末にはダンゴマキ(涅槃団子を閻魔堂
の屋根から撒き、老若男女がこれを競い拾う・・・昔はそうだったが)もあるし・・・・・。
 さて、いつまでこんな行事の継続が出来るのだろうか・・・。
 立山の白い峰々の神々しさは、太古から変わらぬ。


 ドローン写真撮影をしている親爺が見える。           イカナゴの釘煮が、Yさんの奥様から届いた。感謝感謝。
 


3/12
 昨日今日と晴れた日が二日続いただけで、ずいぶん雪が減った。
 三月も半ばに差し掛かり、春の足音はかなり近い。車で町場に向かって10分も走れば、雪は殆どなくなっており、そこ
で、は既に春の初めとなっているのだから、標高の高い山里直前で春が足踏みしているのだろう。
 心平がまた猪を捕ったそうだ。昔はこの辺りには全くいなかった猪や日本鹿が、温暖化の所為なのだろう、こちらまで入
り込み、増えすぎて害獣となっている。で、猪と鹿に関しては猟期も延長されているそうだ。
 我が家の車庫の屋根の雪もずいぶん減った。


3/11
 今朝は青空が広がり、穏やかな日だ。
 悪阻が収まった長女が、今日から自宅に戻るという。一月余りゲボゲボと悪阻に苦労した割に元気で、親爺は勤務先
への送迎、オカカは食事から洗濯までのお世話・・・かなり手がかかったが、初孫のためならばと一生懸命頑張った。
 で、ホッとしてもいるが少し寂しくもあり、まあ親ばかとはよく言ったものだ。
 隣家の屋根の雪も殆ど解けて、青空が広がる山里の朝。
 

 親爺のプラモが、集中力を欠いて殆ど進捗せぬ。楽しくないと集中できぬものだが、ここしばらくは作業台の前に座って
も楽しく感じない・・・・・。で、さほど難しくもないキットなのに、何やら面倒くささが先立って、ストップしたままなのだ。
 もう少し温かくなって、集中力が戻るまで、手は出すまい。


3/10
 親爺がまだ子供の頃、もう半世紀以上も昔の話だが、この時期になると芦峅寺の父ちゃん達は、気の合う仲間が連
れ立って、狩山(かりやま)と呼ばれる熊猟に山へ入った。
 3月9日の山の神様の祭りが終われば、奥山へ入っても良いという慣わしがあって、それ以前に山に入ることは戒め
られていたのだ。これには雪が落ち着き、雪崩の危険が少なくなる時期という事もあろうし、雪面が落ち着き締まり、歩
きやすくなると云う、経験に裏打ちされた立派な理由があったから、山に暮らす山人たちには当たり前の作法でさえあ
った。
 で、父ちゃん達は長い銃身の村田銃を背負い、大きなキスリングも背負い、普段は放し飼いにされている猟犬を、こ
の日ばかりは紐に繋いで、山へと入っていったものだ。
 一度入山すると数日は山にこもり、長いときは10日も行ったきりになる。もちろん山には皆で、前年の秋に、米やら
みそやらの食料をデポする、狩り小屋が建てられており、そこを拠点としたものだ。
 これは書き出すときりがない、立山夜なべ話の狩山にも書いてあるので、興味のある方はそちらもどうぞ・・・。
 山里は今朝も雪。大雪には決してならぬ雪ではあるが、立山はドカ雪が来ているだろう。


3/9
 今日は山の神様の祭りだ。未明の村中をふれ太鼓が回っていた。
 昔からこの祭りは、男たちが取り仕切り、女は関われぬ祭だった。山の神様は女神で、あまり美しくない女神なので、
人間の女性が、ことに美しい女性がこの祭事に関わると焼きもちを焼き、山に入る者たちに災いをなす、と考えられて
いたからだそうな。これは日本全国の山の神様がそうなので、山神祭は何処でも同じ様に男たちが仕切るらしい。
 今は随分世の中が変わり、一昨年までは村中に配られた山の神様の餅も廃止になったし、女性が顔を出していても
余りうるさいことは言わなくなったようだ。この山の神様の祭りが終われば、山に入ることが許された慣わしも、今はもう
時のかなたに埋もれつつある。
 今日は人間の目線写真だ。小雪がちらついてはいるが雪も一段落。


3/8
 積雪が125cmとなった芦峅の山里で、晴れ間を縫って親爺はドローンを上げている。
 居間に居ながらにして窓から見る景色も、ドローンで撮って来る景色も、もう飽き飽きしている雪景色ばかり。
 それでもしみじみ見ると、ドローン写真はかつては考えられえなかった、空中からのアングルばかり、鳥の目線、鳥瞰図
という訳だ。
 今はいずこも同じ雪景色だが、春になれば春の景色、夏になれば夏の景色、秋になれば秋の景色と、又いろんな鳥瞰
写真が撮れるだろう。
 親爺もせいぜい腕を磨き楽しもう。自分で登らずとも100m程度ならドローンが駆け上がってくれるし、かなり自由な位置
からの写真が撮れるというのは実に面白い。


 とにかく今日の山里は、どっちを見ても雪の中である。


3/7
 冬に逆戻りの山里だ。居間の出窓から見える閻魔堂の杉木立が。真っ白な雪に覆われクリスマスツリーになっている。
 昨日までは黄色く花粉を蓄え、風に乗せて飛散させていて、オカカはこのシーズン最初のくしゃみや目のかゆみの症状
が出て、薬を内服していたのだが、あまり歓迎したくない雪も、花粉抑えには持ってこいなのかもしれぬ。
 この雪は寒の戻りの雪で、大量に積もる雪ではない。太陽の一照りで溶け流れてしまう、か弱い春告げ雪?なのだ。
 昨日の景色とは打って変わった新雪の今朝。それでも、弥生の今は、雪景色を楽しむ余裕がある。


 

 雪の降る中のドローンを上げて撮った写真だが、親爺は軒先から出ずにドローンを操縦。
      


3/6
 縁側の雨戸が開いて、明るい陽の光が障子越しに座敷兼仏間に入った。
 毎年、冬の終わりを告げる、雪国の生活の中でのワンシーンだが、昔は雪囲いというものをしていたから、三月初めの
この時期にはまだ、こんな季節の移ろいを知らせるシーンは無かった。
 雪囲いを外すのは大概、雪が解け切った4月に入ってからで、真っ暗だった家の中が一気に明るくなって、冷たく暗い
冬のよどみが、外から入って来る春の日差しと爽やかな風に、一気に払拭され滝がしたものだ。
 我が家では融雪装置を屋根に仕込み、もう十数年雪囲いをしなくなった。それでも雨戸は締め切って冬を越すので、そ
の雨戸をあける時期が冬の終わりを告げる、生活の中の特別なワンシーンとなっているのは変わりない。
 座敷が明るくなれば、春間近の山里だ。


 次女がオカカの誕生日に贈ってくれた花は、一月も経つのにまだ元気で座敷からの明るい光に
一層鮮やかさを増している。


3/5
 天気の良い三月最初の日曜日。最後の雪を楽しもうと、スキー場を目指し上ってくる車が多い。
 オカカは婦人会の会合とかで出かけ、長女も昨晩、体調が良くなったと自宅に帰ったので、親爺は一人留守番だ。
 午後からは、親爺の亡き母の実家「日光坊」の芦峅寺本宅や、中に祭られている立山信仰の神仏の今後について、
親族会議?・・・だそうで、親爺にも召集がかかっている。
 旧家で、現頭首が65代目なのだが、生活の拠点が芦峅寺を離れたところにあるため、広い屋敷や家を維持管理す
るのが難しくなっているからで、まあ、日本全国の何所にでもある話なのだ。が、親爺にしてみればこの日光坊で産まれ
た身の上、子供の頃より母の実家、近所の気安さで我が家のごとく出入りしていたので、やはり寂しい話ではある。
 庭の雪も殆ど解けた。


 村の上手、立山道に面した旧家、「日光坊」内部には神仏合祀の祭壇があり、立山信仰の宿坊を今に伝える。
 亡き母の実家だが、後継者も村を離れてしまい、維持管理が難しい状況となっている。


3/4
 今朝、親爺が起き出して居間に入ると、オカカがもう雛飾りの片づけをしていた。出窓利用の究極の手抜き飾りとは云え
片付けは大変だ。で、親爺も朝食を済ませ、猫の手ほどに手伝った。
 もちろん主導権はオカカにあり、親爺はひな人形には手も触れない。オカカが人形に覆面をし、扇やら笏やら太刀やらと
細々した飾りを取り外し、箱詰めしている間に次女、三女の初節句にオカカの実家から贈られた人形を、天袋に運び入れ
オカカの号令で、片付いたお雛様箪笥を押し入れに運び込み、今年のひな祭り片付けを終えた。
 良い天気である。スキー場へ上ってくる車が多いが、下界のスキーシーズンも終わりが近づいてきた。
 我が家の庭先から上げたドローン写真。高度約70m、写真右側、鍬崎山直下がスキー場。


 高度3〜40mから芦峅寺集落と常願寺川。川向うは旧大山町本宮集落。


3/3
 雪の朝だ。ひな祭りの日だが、山里はモモの花の代わりに雪の花が咲いた。
 昨日などは暖かく、ストーブを消したほどなのだが、今日はとてもストーブなしではいられない。積雪も1mを超えた。
 とは言え、山里でも三月の雪である、さほど心配することも要るまい。水雪だから、すぐに解けるだろうし、ドカ雪になる
ことも、先ずあるまい。
 今日午後から、先に亡くなった伯父の二十日祭だ、仏教で云う処の三七日(みなのか)に相当するだろうか、ちょっと出
かけお参りをして来ようと思っている。
 水雪だがまた杉木立に雪がついた。弥生三日、雛の節句の朝である。


 長女の送迎で、市内に出る機会が多いので、富山地鉄立山線の懐かしい列車もちょくちょく目にする。


3/2
 昨晩我が家へ、小学校の同級会の打ち合わせという事で、幹事をしているツネとキョウコの二人が来て、まあ、大半は
バカ話だったのだが、それなりに打ち合わせをした。
 昭和27年、28年の生まれのの立山町立芦峅小学校同級生は27人いた。卒業は昭和40年3月だったから、52年も
前の話だ。
 で、改めて名簿を作ってみたが、もう遠くに旅立ってしまった慌て者が3人もいるので、24名が同級会に集まれる人数
なのだが、半世紀以上の時の流れはかなり過酷で、どうしても消息がつかめぬ者も数名いて、19名に案内状を郵送する
ことになった。
 現在、山里にとどまっている同級生の人数は、男4人、女3人に過ぎず、27名中20名は山里を出ている。
 我が故郷ながら、雪に閉ざされる時間を考えると、これも当然の話であろうと納得がゆく。
 が、矢張り故郷は故郷、懐かしい思い出の地である。きっと何人かはそんな思いで集まってくれるだろう。
 山里から出て、20分ばかりも走ると、こんな青々した台地が顔を出している・・・。


3/1
 早々ともう3月となった。年が改まり、一月は比較的長く感じるが、事実短い二月は、やはりあっと言う間にしか感じない。
 で、迎えた3月だが、これも年度末という慌ただしさがあるからだろうか、一月と同じ日数なのだがあまり長く感じた事は
無い。とは云え、親爺には年金生活者となって初めて迎える三月だから、さてこれからの日々、如何感じるかは未だ判ら
ない。
 昨日は長女が、出産する予定の病院での初診に出かけた。今までかかっていた医院での分娩は出来ないので、紹介
状をもらい、分娩設備の整った病院で出産する事が、今ではかなり多いらしい。昔はあちこちにあった分娩できる産婦人
科病院はめっきり少なくなってしまっているのだそうだ。
 まあ、そのあたりの話は親爺には良く分からぬが、幸い母子ともに健康で、すくすく育っているらしいので、親爺は大満足。
 胎児の写真を見せられたが、もうそれがかわいくて涙ぐんでしまう親爺だ・・・・・。
 弥生の空の下立山が良く見えている。


 ヒーチャンから届いた甘夏のおすそ分け。八朔も大量に頂いたばかりなのに、第2弾目だ。
 本場のきしめんがうれしい。今夜はこれが夕食だ。


2/28
 立山が良く見える快晴の朝だが、気温は未だ氷点下。
 二月も今日まで、山里では雪の心配はもう余りないが、立山の小屋開けの難度を決める雪は、3月の積雪だ。
 親爺はそれも心配しなくてよい気楽な身分になっているのだが、山を見るとついつい条件反射の様に、あれこれ考えが
巡るのだ。
 昨日は村はずれにある、志鷹の宮まで出かけドローンを飛ばしてみた。新しい機体にも少し慣れて来たのか、手元の
操縦器のディスプレー画面にドローン搭載のカメラからライブで送られてくる映像を、幾らか操縦の手助けにする事もでき
る様になって来た・・・いわゆるFPV、一人称視点のみでの操縦はまだまだできぬが・・・。
 で、離陸地点に自動的に戻るRTH(リターントゥホーム)と云う機能も試しに使った処、ほぼ1mほどの誤差も無く機体が
離陸地点に着陸した。
 まあ、日々そんな事にウツツヲヌカシテいる親爺だ。村はずれの雪も少なくなった。


 今朝、親爺部屋からの大日。


 同上、鍬崎山。


2/27
 昨日は村の総会。委任状が50人、出席が30人余、で、総数が80人余りで、過半数を超えたから総会として成立という
事で始まった。
 親爺が議長に選出され、議事に入るも、今年度の収支報告、次年度の予算案はいくつかの確認事項程度の質問で終わ
り、村の懸案事項として挙げられていたのが、年に12回(毎月)行われる焔魔堂の、村上げての仏事の知らせ鉦を村中叩
いて回るのが、高齢化で大変になっており中止する。同じ理由で金比羅宮の神事のふれ太鼓も中止する・・・という事。
 「立山信仰の村で、その信仰にかかわる行事だ。続けねばならぬ。」派と、「この高齢化の人手不足の山里では出来ぬと
いう現実から目を背けてはいけない。現実直視すべき。」派の意見が出て、喧々諤々・・・。
 結果、関係団体(主に婦人会)との協議を再度重ねて、ゆっくり時間をかけ結論を出していくという事に落ち着いた。
 立山信仰により開村され、1300年も続いている村である。(少なくとも村人はそう信じている)いろいろな仏事、神事が行
われ、今なお受け継がれている村である。が、その立山信仰の伝承は、非常に困難になって来ている、極く平均的な日本の
山村であり、平和な村である。
 現在の県道富山立山公園線は、旧立山道で、村中を東西にのびているが、ほぼこの写真の下端までが、昭和38年ころ
までの立山道で、ここから先の旧立山道は南に折れて、現在の親爺宅前を通り、布橋のかかる姥谷(オンバダン)を越えて
東進し、志鷹の宮前を経て峠と呼ばれた現在の県道との合流点に至っていた


 礼拝山と不動山が見下ろす芦峅寺集落。この写真の県道部分が昭和38年ころ新たに開削され、前述の峠と呼ばれた
地点で旧立山堂に合流するまでが、新道なのだ。そんなことを知る者も少なくなって居る、我が山里である。


2/26
 芦峅寺の集落は、常願寺川の河岸段丘にある。村のほぼ中央に、雄山神社があり、東西に長く立山道に沿って、宿場
町の様に家並が続く。
 これはこの集落が、古くから立山参拝に訪れる人々を、宿坊と云う形で受け入れ、世話をして生計を立てて来たからで、
立山信仰の中で、立山に一番近い村として、立山とともに生きて来た集落の名残である。
 立山は今や、登山や観光の対称であり、この集落の立山との関りも、年々薄れてきているのが実情だが、山小屋経営
等で立山に生きている村人ももちろん、今なお健在である。
 村の常願寺川寄りの一帯を、端場(ハバ)と呼ぶが、その大半は畑として耕作されている。そのハバ上空56mから。


2/25
 長女が妊娠3か月、親爺とオカカにはこれ以上ない嬉しい初孫の知らせが、春の足音と一緒にやって来た。
 予定日が9月の末で、時期的にも丁度良い頃。年金生活突入の年に、漸く初孫を抱くことが出来そうだ。今は丁度悪阻
で、勤めを持っている長女には大変な時期らしいので、親爺とオカカは出来る限りの協力をせねばと、親ばか振りを発揮
している。
 が、こんなことは男の親爺にはさっぱりわからず、オカカが頼りで、親爺など言われるままウロウロ動くだけだろう。
 さて、男だろうが女だろうが、孫をこの手に抱けるとなればもう無条件にウキウキする。誕生が待ち遠しいばかりだ・・・。
 粉砂糖を撒いた様な新雪の朝。それでも着実に、春の足音が近づいている。


2/24
 新たな雪が昨夜から又降り積もり、山里の今朝は又雪化粧。
 でももう2月も終わりで、雪下ろしをせねばならぬようなドカ雪は来ないだろうし、道路が閉ざされるような心配も無くなっ
た。親爺もオカカも車で外出する機会が増えるだろうし、行動半径も広くなるだろう。
 屋根はとっくに融雪装置を止めたが、雪が湿雪なので、軒先から重く垂れさがって来る。見飽きた冬景色ながらも、その
中に僅かな変化があり、そんな変化からも春の気配を感じることが出来る雪国人である。


 堺市にお住いのNさんがお雛様のお供えにと、お干菓子を送って下さった。心暖かく有難く出窓のひな壇にお供えした。
 


2/23
 温かい雨が降りしきる今朝、庭の雪もずいぶん融けた。
 山里の雪が完全になくなるのにはまだしばらく時間がかかるだろうが、少しだけ春の足音が聞こえだした様な気がする。
 昨日心平からのメールが届いて、猟期が終わったことが書いてあったが、親爺はそのことを全く忘れていた。銃猟を止
めてからもう6、7年も経っただろうか。矢張りわが身に関係ないとなると、実にあっさり忘れてしまうものだ。
 そういえば岩魚釣りも久しくしていない。奥山の渓谷を釣り登ることはもうできぬだろうが、そのあたりの川に竿を出す位
ならまだできるだろう。今少し雪が解ければ、一寸、常願寺川にでも出かけてみようかな・・・無理かな・・・。


2/22
 2月も二十日を過ぎると、そろそろ立山の山小屋商売が気になり始め、何やら小屋開けに向け心が落ち着かなくなって
来る。親爺は昨年一杯で、山小屋商売からは完全に引退したのだから、何も気にせずとも好いのだが、習い性と云うの
だろうか、何とはなしに心が落ち着かなくなる。
 立山の雪は多いのだろうか、山小屋の状態はどうだろうか、スタッフにもそろそろ連絡を入れておかねばならぬ、いや
その前に小屋開けの日程をきっちり決めておかねばならぬし、小屋開け一番のヘリコプター輸送も手配にかかった方が
いいだろうか、いやいやその前に小屋と積雪のヘリ偵察の段取りもしておかねば・・・・・・。
 まあ、ざっとこんな風な事々は、全くしなくて良い身の上になって、気楽に春を迎えれば良いだけなのに、全く可笑しなも
のである。
 オカカ曰く「土日の天気も、連休の天気も気にしなくて良いのが一番うれしい。」なるほどそれもあったか、と親爺も納得
する。
 が、親爺には剱御前小舎を引き継いでくれたマー君が、余計なお世話とはわかっているが何やら心配だし、真砂沢ロッ
ヂの新経営者となった心平もやはり大きなお世話なのだが、もっと心配だし・・・。
 いやいや取り越し苦労とは重々わかっているし、大きなお世話だというのも心得ている。だから、求められねば余計な事
は言うまいと決めているが、春が近づくと、こんな風に気ぜわしい気分になってしまう・・・。
 大日の稜線から続く早乙女山が見える。立山の雪は例年並み・・・これももう大きなお世話の中なのだが・・・。


2/21
 またこんな雪景色の朝だ。新雪が10cm余りも降り積もった。
 今の時期はもう、体が寒さに慣れ切っているから、氷点下2.8℃の朝もあまり寒く感じない。でもこんな雪景色が目に
飛び込んでくると、体の芯がブルッと震える様だ。
 車庫前の除雪も今朝は楽だったとオカカが云っていたし、道路の雪も重いベタ雪なのですぐに消えるだろう。
 屋根の融雪装置は、殆どの家がスイッチを切っていて、もちろん我が家もだ。


 最近インド料理の本を読んでいる親爺だが、本格的なスパイスの使い方をした一皿を何とか作ってみたくて、スパイスを
幾種類か取り寄せてみた。かなりのスパイスはスーパーなどでも手に入るが、やはり専門店から取り寄せる方が値段も
却って安くなるようだ。で、それが届いたが、さて、如何なることやら・・・・・。


2/20
 今日の雨風はまるで春の嵐の様だ。8:00過ぎの気温が9℃以上もあるが、これはこの後徐々に下がってくる見込みで
いわゆるポカポカ陽気などは期待できぬ。
 今日は所用を朝一番で片付けたので、後は家の中でゆっくりしよう・・・とは云え、毎日ゆっくりしているので取り立てて言
う事でもないか・・・。
 ひどい天気ではあるが、平野の方はすっかり雪が融け、水田も地肌を出している。


 映画レールウェーズのモデルになった、富山地鉄立山線の電車。通勤時間帯なので立っている乗客もいる。


 雨も風も非常に強いので、親爺もドローンは飛ばせぬ。飛ばせずともいじることはできる。で、アンテナを取り換えた。
 いろいろ調べたが、効果のほどはあまり期待せぬ方がよさそうだ・・・。でも操縦器のグレードが上がったように見える。
 


2/19
 昨夜半には雪が20cm近く降ったが、全く気付かなかった。朝になってあたりの景色の変化でそれと知った。
 積雪がまた122cmとなったが、もうあまり気にならぬ。これからの雪はどうせたかが知れている。まあ立山の雪ならば、
3月にどっさり降り積もる事も多いが、流石に標高が400mの山里では、もう冬の盛りは過ぎたと云えるだろう。
 今朝はオカカが思いついて、親爺もちょっとだけ手伝って、居間の出窓を利用し、お雛様を飾った。
 お陰で、居間は樟脳の匂いが立ち込めて、それでもそれ以上に華やいで、雛飾りは季節が春に近づいている事を感じ
させてくれる。まあ、究極の手抜き飾りで、本来は7段飾りとの事だが、今やそれを完全に飾り付ける気力と体力が、親爺
にもオカカにも無いのだ。
 出窓から差し込む光が、雛飾り越しに一段と暖かく感じられる。


 晴れてはいるが、気温は氷点下3℃の山里。


2/18
 昨日、一日中降り続いた雨のおかげで、山里の雪はめっきり減った。とは言えまだ108cmの積雪ではある。
 昨日の日中はバカ陽気で、10℃の気温だったのだが、夕刻からはっきりわかるほど冷えて、就寝後には雪になった
様で、今朝の山里の家々の屋根には、粉砂糖を振りかけた程度の新雪が見られた。
 昨日の雨で、ドローンを飛ばせなかった親爺、今朝は高曇りながら立山も辛うじて見えているので、朝一でドローンを
上げた。ドローンの地上高度53mまで上げたが、この程度の高度が、親爺の視力でしかと視認できる限界に近い。
 ドローンから目を離さねば、もう少し高度を上げても視認できるのだが、ちょっと目を離してしまうともういけない。
 我が家の庭で上げているので、オートリターンをかけても誤差が3〜5mは出るから、おかしなところに降りる可能性が
あり、住宅密集地?ではこの機能を使う気にはなれない。どこかの広場なら安心して使える有難い機能だが。
 まあそんな訳で、撮れた写真が以下である。


2/17
 昨日は一日晴れて、地元テレビ局か新聞社かと思われるヘリコプターが立山の方を飛び回っていた。
 親爺も確定申告のために、お世話になっている税理士事務所を訪ね、恐らく個人事業者としては最後の確定申告を終
えたが、車の中にはドローンを積んで出かけたので、帰路、千垣隧道の脇にあるパーキングエリアに入り、ドローンを上
げて見た。
 普段ドローンを飛ばしているのは、大概我が山里のエリアだから、違う場所で上げて見ると同じ山や、川でも随分変わ
って見えるものだと、今更ながら感心した。ドローンの視点だから、通常の視線より2〜30m高いという事もあろうが。
 河床が間近に見える常願寺川。川の上流部には鍬崎山が結構高く見えている。


 親爺がドローンを着陸させる直前を、オカカが撮影。


2/16
 今朝は快晴。まだ寒いが青空が心地よく、陽射しもわずかだが高い位置から射してくるようになった。
 今日は確定申告に税理士事務所に出かける。山小屋の親爺として最後の申告だ。この後は年金収入だけだから、確定
申告も税理士の手を煩わせることも無いだろう。本当に気楽な身分になるわけだ。
 今日は車で外出しても凍結はほとんどなさそうだし、日中の気温が15℃程にもなるとのことで、ドローンでも持ってどこか
で飛ばして来ようか等と、オキラクなもので、これ以上気楽になると惚けるかも知れぬ親爺だ・・・・・。
 晴天だが、朝は未だ日陰が凍っている。


2/15
  雪が峠を越えた様で、朝の寝覚めも心穏やかに迎えられる。
 今日は午後から所用で高岡へ出かけるが、それ以外にはさしたる用事もないので、朝からゆっくりしている。まあいつも
ゆっくりだが。今朝はオカカが車庫の屋根の淵だけ雪を掻き落とした。これ以上降り積もりはせぬと思うのだが、ちょっと
気になるらしい。
 それにしてもこうやってみると結構積もった。2月半ばでこの雪なら、去年とは比べ物にならぬ。例年通りの雪だ。


 ネット情報で、ドローにこんな風にアルミテープを貼ると、電磁波を吸収して空力特性が改良されるとか・・・。
 全く理解の外の話だが、真似てやってみた。その成果は今のところ分からぬが・・・。


2/14
 伯父の野辺の送りが済んだ。
 母につながる縁が、また一つ失われ、補い難い空虚な気持ちもあるが、齢九十の天寿を全うした伯父を見送ってやれた
という安堵感も又ある。
 諸行無常。この言の葉をかみしめつつも、礼服を脱ぎ去り普段着に戻ると寛いでいる自分がいて、諸行無常の対極にあ
る日常の今に戻る。そして日常の有難さをしみじみ思う。
 いやいや今日の親爺は随分抹香臭くなってしまっている。
 こんな時は多くを記さぬに限る。
 相変わらずの雪の山里。


 そういえば今日はバレンタインデーか・・・。おかかが毎年のウイスキーボンボンをくれた。ハッサクゼリーも作ってくれた。
 


2/13
 寒い朝だ。気温は氷点下5℃、あちこちが凍り付いてピカピカ。
 今夜は叔父の通夜に行かねばならぬ。お別れは十分してきたつもりだが、安らかな顔を見ると涙腺が勝手に緩んでしま
うので、都合が悪い。
 燃料節約で融雪装置を切っていて、雪が降り積もってから再度入れたので、雪解け状態が悪い。屋根の状態を見ると云
う口実が出来たのでドローンを上げて撮影した。
 で、写真はあっと言う間に撮ったが、それからの遊覧飛行がまた面白く、10分余りのフライトで下した。例によってハンド
キャッチ着陸だが、オカカがその瞬間を撮ってくれた。
 動画もYou-Tubeにアップしてある。十数秒の動画だが・・・。


 灯油をケチったので融け方が今一つ悪い。


 昨夜hこんなきれいな月が出ていたのだが、今朝は酷く冷え込んで、又鉛色の空がひろがっている。
 


2/12
 新型ドローンで撮った一枚。
 昨日、画質も結構よくなって、まあこれならHP用に使えると喜んでいる親爺のもとへ、闘病中の伯父の訃報が届いた。
 満90歳、亡き爺様と同じ大往生だった。この伯父は芦峅寺の旧家、日光坊の三男坊で、亡き母のすぐ上の兄だった。
 生涯を教職に捧げた人で、退官後も立山博物館に長く勤め、立山信仰の中の宿坊の生活を紹介し、多くの人たちに親
しまれた人だった。優しく穏やかな伯父だったが、親爺にとっても亡き母に繋がる縁は、もう叔母だけになってしまった。
 昨日の雪の止み間に、つかの間の青空。我家も、伯父や母の生家日光坊も見えている。
 あの青空は、伯父が高天原に上った刹那だったのかも知れない。合掌。


2/11
 建国記念の日。安倍首相はアメリカ大統領と首脳会談、お騒がせトランプ大統領とさえも巧くやらねばならぬ首相も大変
なことだろう。麻生副総理も同伴とか、意外と麻生さんとトランプさんとなら馬が合いそうな気もするが・・・。
 日本、米国、いずれも大国である。世界が注目する中、日本流の礼儀正しさ、奥ゆかしさをトランプさんにも伝授したら、
世界が喜ぶかもしれない・・・。
 山里は大雪。雪も五尺を超えた。屋根の様子を偵察しようとまたドローンを上げるも、どうにもなれぬ機体で、まだ良い動
画が撮れぬ。
 今朝はこんな天気、物干場に雪がかかり氷柱が下がっていた。


 オカカは早朝から車庫前の除雪。除雪車が雪を盛り上げていくので、雪が重くこの除雪は大変。
  

2/10
 昨夜半から今朝にかけ約30cm程の雪が積もった。8:30頃、山里は吹雪いていたが、9:00現在雪も吹雪も止んでいる。
 山里の積雪は125cm。まだまだ冬のさなかである。
 親爺とオカカは昨日の中に、今日を予見して数日分の食料を買い込んで来てあるので、今日は慌てずお籠りで、折角の
新しいドローンも飛ばせぬし、親爺は先だってから読んでいるインド料理の本に書いてある、本格的チキンマサラを作ろう
と思っている。少し足りない香辛料もあるが、そんな事は構わない。料理の流れの中で何とかして行くのが楽しみでもある
ので、如何様にもすればよい事。
 この様に吹雪いたり止んだり。とにかく今日は外には出まい。


 一昨日の新ドローン初フライトで撮った、我家上空から見下ろす常願寺川。
 


2/9
 昨日は昼ころから晴れた。で、もちろん親爺は我慢しきれず、新たに購入したドローンの試験飛行を敢行・・・。
 で、その結果だが、流石にブラシレスモーターは強力で、ペラをダイレクト駆動するので、ギヤ部分の余計な構造が不要
となり、ギヤの噛みあう、ジャーと云う濁った音が少ない。安定性も高いし、操作性も高く素直に操縦器に従ってくれ、着陸
も、雪面を避け、空中停止させてのハンドキャッチが初回からできた。
 さて気になるカメラの性能だが、ロストした機体は720P とかで、現在の機体が1080Pとか云う事なので、この何とかP
がハイビジョンの解像度の事だとは理解しているが、それではどの位高画質化と云われるとピントは来ないけれども、まあ、
撮れた画像を見比べてみるしかない。動画をYou-Tubeにアップしておいた。
 で、結果、まあソコソコに高画質なのだろう・・・。HP用に圧縮してあるが、概ねこんな感じの写真が撮れる。


 庭先で操縦している親爺が見える。 ペラを完全装備した後継機ドローン、Hubsann H501S。
 


2/8
 ドローンが手元に来たので、試験飛行したくて堪らぬ親爺だが、天気が今一つパットせぬ。
 やや欲求不満気味だが、天気とは喧嘩できぬし、先のドローン墜落紛失の所為で、かなり慎重にもなっているので、もう
少し条件が良くなるのを待とうと思っている。
 と云っていたら、青空が出て来たぞ・・・・・。
 今日はオカカの誕生日。娘たちがまた花やお菓子などを送ってくれるだろう。


 親爺からオカカへのプレゼントはおしゃべり人形のミーチャン。
 約800フレーズほどの会話、20曲の「お歌」等々、可愛いものだ。



2/7
 雪が降ったり止んだり。昨夜からは10cmほど積もったようだ。
 今朝も所用で、朝早く富山市内へ行って来たが、いわゆる通勤時間帯で結構渋滞していた。まあ、何とか9:00過ぎに
は帰宅した。
 帰路、平野部の集落が雪に覆われ、何とも言えぬ趣のある佇まいを見せているのが目に入り、写真を撮った。
 北陸の冬である。


 親爺が楽しみに待っていた、ドローンがもう届いた。 一昨日に自ら謹慎を解き注文したのが昨日に届いたのだから・・・。
 10日間の謹慎を解き(勝手に解いた訳だが)、ノーテンキな親爺は元気を取り戻し、ウキウキしている。
 

 行方不明の機体の上位クラスで、モーターがブラシレスになり、搭載カメラの画質も上がっている。その割に値段は5,000円
ほど高いだけで、特売価格で30,000円を切っている。が、それでも親爺小遣い前倒しでの購入なので、4月頃までが辛いこと
になりそうだ。な〜に、後一月半である。今度は墜落させぬ様、慎重にシンチョーに飛ばそう・・・。


2/6
 重いものを持った訳でもなく、何か疲れるような事をした訳でも無いのだが、一寸体を伸ばした拍子に腰に痛みが走り
しばらく傷みが残った。そのうちに忘れていたが、今朝また朝食時にテーブルのものを何か取ろうとした時、突然痛みを
感じ、同じくしばらくしたら痛みが引いた。いやいや、これがぎっくり腰の前兆だとすると大変だが、親爺は未だぎっくり腰
で酷い目にあった経験がなく、良く分からない。今のところ注意をしているので、日常生活には全く差し支えないが、体の
至る所にガタが来る。これが年を取るという事だと、とっくに気付いてはいるが新たな故障が起きてくる度にげんなりする。
 親爺はドローン謹慎を勝手に昨日解除。今日明日には新しいドローンが届く。購入資金は親爺のなけなしのヘソクリ。
 プラモも面白いが、やはりドローンがないと寂しいから、そしてどうせ買うに決まっているのだから、と云うのが親爺の
理由だ。で、届くドローンをを思うと少々の体のがたも忘れ、顔が緩んでくる。ノーテンキな親爺だ。
 昨夜来の雪も止んだが、今日明日は雪が降りそうだ。


2/5
 立春翌日の今朝は暖かい。早朝に一寸用足しに出かけた親爺だが、道路も全く凍結しておらず気楽に運転できた。
 6:30頃と云えばまだ薄暗く、スキー場へ向かう車も全部ヘッドライト点灯で登って来るが、こんな時間からスキー場に
向かうのは恐らく、駐車スペースの確保だろう。いやいや、今日等雨も降ろうし、この気温では雪も重いだろうに、ご苦労
なことだ。
 8:00実は帰宅したが、スキー場に向かう車はまだ多い。まあ、昔のように車が渋滞して動かぬなどという事はないが。
 さて、久々に早起きしてもう一軒用事を済ませてきた親爺、時計を見るとまだ9:00前。今日は何をして過ごそうか・・・。


2/4
 快晴の立春の朝だが、偉く冷え込んであちこち凍りついている。オカカが心平のうちまで用足しに行って来たが、路面
の濡れた部分が凍りついて危ないと云っていた。
 スキー場へ向かう車も早朝は結構いた様だが、9:00過ぎの今は途絶えている。
 居間に差し込む陽射しも、少し力を取り戻したようだ。遮光カーテン越しにも眩しい。時間がたつに連れ、朝の凍みも
緩みはじめ、屋根の残雪が落ち始めた。雪解けがぐんぐん進むだろう。


 遮光カーテン越しにも陽射しが強まったことが感じられる。


 プラモの方も漸く翼の組み立てに入り、機体に仮組をしてみた。やはりいい感じになる。主翼はシルバーの塗装。
 


2/3
 出不精で薬が切れるまでは絶対にかかりつけの医院へは行かない親爺だが、今日は早朝から、お世話になっている
内科医院と、眼科医院を順繰りに回ってきた。
 道路は山里芦峅寺から、隣村千垣の村はずれまでかなりの下り坂があり、凍結も懸念されるので、意識してゆっくり
走ったが、千垣隧道を超えれば急坂も無し、圧雪も殆どなく路面が出ていたので普通に走れた。
 雪道や凍結道路は絶対に車間距離を詰めてはいけない。ブレーキもできるだけ踏まぬようにゆっくり走るのが雪国の
運転の常識なのだが、今朝も後ろから車間を詰めてくる軽自動車がいて閉口した。どこかで追い越させようと思っても退
避する箇所もない。警告のつもりで、利かぬ程度にブレーキペダルを何回か踏んでも、平気である。で、ほとほと嫌にな
って、やや広めの道路で、対向車が来ないのを確かめ左へよけて、追い越させた。もたもたと追い越して前へ出た車の
運転手は、若い女性。で、今度は親爺がその車の後について走る。十分車間を取って走っているのだが、前へ出した車
が今度は遅い・・・。ブレーキを連発してしかもよたよた走り。とても近づけない。まあ、途中でよそへ曲がっていったが、何
というか、マナーの悪い下手な運転だと、ムカついた。
 が、今度は病院巡りの帰路、親爺の車が調子悪くなった。もう走行距離が13万キロのポンコツだから、多少の異音は
仕方ないにしても、ちょっと嫌な予感がするので、すぐに車の掛かりつけ病院?へ出向き、診察を仰ぐとブレーキの何とか
かんとかが脱落して分解修理が必要とのこと。敢無く4WDは入院となった。代車を借りて帰る。
 午後になって青空が広がった山里。



2/2
 昨夜から雪が降り出し、今朝までに20cmほどの新雪が来た。1mを割っていた積雪もまた115cmに戻り、今朝の山里
は寒い。雪は今も間欠的に降り続いているが、夕刻には止み、明日からは晴天が二日、三日と続くだろうとの予報。
 見慣れているとは云え、決して歓迎できる景色ではない。
 

 ヒーチャンが八朔を大量に送ってくれた。畑の木には未だ沢山実がなっているそうだ。親爺のプラモも、ゆっくりゆっくり。
  

 部品精度は良くない。パテで埋めて成形。コクピットの風防もピタリとは行かない。マスキングして気長に少しづつ隙間を埋める。
 


2/1
 いよいよ長かった一月が終わり、今日からは二月だ。大きく一歩春に近づいた。とは言え今朝も氷点下で明けたし、
積雪もまだ1mほどあるから、ここが豪雪地帯の山里である事に変わりはない。
 親爺はドローン謹慎中で、昨日からはまたプラモの世界に戻り、ダグラスDC-3と云う何ともクラシックな飛行機に挑戦
を始めた。この機体は戦前アメリカで開発された機体だが、日本でもライセンス生産を行い、零式輸送機として海軍で
運用されていた事もあるそうだし、戦後は旅客機として運用され、日本でも全日空が1963年までこの機体を運用してい
たと云う。
 で、童友社がこの機体をプラモ化しており,1/100と云う、旅客機などの大型機には手ごろなスケールなので手を出した。
 が、かなり古い金型を使っているのだろう、お世辞にも精度の高いキットとは言い難く、先ずパーツのバリやヒケが酷く、
細かいパーツなど殆ど成形し直すほどの手間がかかる。メインの機体部分も左右の張り合わせには大きな隙間が出る
し、このキットを組み上げるにはかなりの根気が要る。
 今日の山里は寒いが青空が広がっている。


 ダグラスDC-3の組み立てに着手。細かいパーツはバリに埋まって、バリ取りと云うより削り出しと云った状態。それでも
慌てず、コツコツとやっていると、何とかなってくるから不思議なものだ。
 始めると面白くて、夢中になるのだが、やはり根気が無くなっており、長時間の作業は無理。せいぜい2時間だ。
 


1/31
 一月も今日で終わる。ここまで来てしまえばあっという間だった気もするが、なぜか一月と云うのは長く感ずる。
 正月で明け、様々な行事で幕開けする月だからだろうか、雪国では本格的な雪が来る月だからだろうか。
 その辺の「なぜ」かは良く解らないが、兎に角その一月も今日までだ。
 明日からは二月で(当たり前のことだが)如月の声を聞くや、頭の中で節分、立春、三寒四温などの一気に春にワープ
するかの如きイメージの言葉が出てくるからか、そもそも大の月の一月よりも通常で三日、うるう年でも二日短い二月だ
からか、この如月月は非常に短く感ずる。
 一月最終日の今朝は、新雪に覆われて明けた。冬が奇麗にお色直しをした朝だ。


 青空が広がり木立の雪も午前中には落ちてしまうかもしれない。


1/30
 昨夜から降り出した雨が一晩降り続いた。戸外の雪は一気に量を減らし、150cmも有った雪が、ついに1mを切った。
 まるで2月末か3月のような景色が戸外に広がる。
 雪解けの山里といった趣だが、まだ立春にもなっておらぬ山里の冬はまだまだ続く。


 昨日の午後、いつもお心遣いを下さる、Fさんから又たくさんの野菜をお送りいただいた。
 大根、蕪、小松菜、青梗菜など、ご主人がレンタルしているビニールハウスで丹精された実りであるとの事。Fさんお得意
の絵手紙も添えて・・・。感謝感謝である。


1/29
 ドローン謹慎中の親爺なので、しばらくほったらかしにしていたプラモに戻ろうかと、寒い作業部屋で朝からごそごそやっ
ている。
 で、以前ネットで購入した全日空のダグラスDC−3を引っ張り出した。
 プラモと云えば軍用機、しかも戦前の日本気ばかりの親爺なのだが、旅客機ももちろんYS-11だとか大好きだし、ジェット
機も嫌いではない。ただ最近のジェット旅客機の種類やそれにまつわる開発などと云った部分の知識が殆どないので、早
い話がそんなに興味がないわけで、まだ手を出しかねている・・・。
 旅客機に乗ると云う事が、まだ一般的ではない時期の機体には憧れと夢があった。
 という事で、手を出そうとしているDC-3なのだが、さてどうなることやら・・・・・。


 この写真と、動画がハブサンH502Sで撮った最後のものとなった。この夕刻のフライトで墜落、行方不明・・・・・。


 今朝の山里も天気が良い。雪がずいぶん少なくなった・・・これでだ。


1/28
 昨日は朝から我家の大屋根や、近所をあちこち探したがドローン発見には至らず・・・。そのうち午後には雨風となって
これはどこかに不時着していても、ダメになってしまっただろうと諦めがついた。
 「空もの」と云うのはたとえ玩具でもこんなことがよくある。若いころから趣味で楽しんでいたラジコン飛行機や、へりでも
幾度同じような寂しい思いをしたかしれない。墜落大破、空中分解、果ては上空で見失い行方不明・・・。
 が、そんな事々にめげていてはこの空もの道楽は上達を見ない。懲りずに次から次へと手を出して、同じことを繰り返す
中に、上達して・・・と、まあ、人命にはかかわりないホビーの世界の話だから、こんな気楽なことを言っている。
 が、新たにまたドローンを買い込んだりすると、財布のひももそれを許さぬし、オカカの目も厳しそうなので、しばらく謹慎
して居らねばなるまい。一寸ほったらかしになっているプラモにしばらくは集中してみようかな・・・・・。
 今日はこんな青空の土曜日。スキー場に向かう車が極めて多い。


 向かいの家の屋根越しに見る不動山も木立の雪は見えない。


1/27
 暖かい朝とは言えない大寒の朝。それでも体が寒さにかなり慣れているので寒さはあまり感じない。ざわざわと風が吹
いており、軒先からは滴が落ちているくらいだから、今朝の氷結もすぐに緩むことだろう。
 山里では、雪がメメルと云う表現で、雪が解け量を減らしてゆく様子を言い表すが、先の積雪がいよいよメメリだして、
もう30cmもかさをへらした。とは言え現在の積雪は未だ120cm在る山里だ。
 昨夕親爺はドローンを墜落行方不明にしてしまう・・・。オートリターンモードで、頭上10mくらいまでは戻ってきたのに、
そこでバッテリー切れ、ノーコンで我が家の裏の方に下降したが、ここでモニターも途切れる。直ちに家の裏へ捜索に出
るがどうにも見つからぬ・・・。モニターにも全く何も映らない。バッテリーが完全に切れたのか。日暮れ、捜索断念・・・。
 雪は一先ず峠を越えた様だが、寒い日々はまだまだ続く。雪がずいぶんメメッた。


1/26
 久々に見るすっきり晴れた空だ。快晴の朝だが気温が低くあちこち凍りつき、うっかりしているとスッテンとやりそうで
危ないから、外には出ないがいいだろう。午後にはこの凍みも緩むし、木立の雪も落ちるだろうから、外出は午後にす
る事にすれば良いし、まあ急ぎの用もない身の上だから・・・。
 とうとう稀勢の里の横綱が実現した。土俵入りは雲竜型だとか。来場所が楽しみであるが、なんとなく心配もあり、そ
の心配もある相撲がまた稀勢の里の魅力でもあるのだから厄介だ。
 とにかく上り詰めたのだから、山頂の風当たりが強いのは当たり前と開き直って、腰を低く落とし、脇もしっかり固め
その風当たりに真っ向勝負を挑んでほしいものだ。それさえ忘れねば滅多に負けることなど無い実力のある力士なの
だから・・・。
 屋根の雪下ろしが始まった、青空の広がる山里。雪は一段落だろう。


1/24
 積雪が1m50を超えて、小雪どころか立派な雪の冬だ・・・まだ大雪とは言えぬだろうが・・・。
 で、親爺はもうとっくに春まで埋もれて暮らすつもりでいるが、オカカはそれでもアチコチ除雪で忙しい。親爺が全く
役に立たぬから、家の玄関先や車庫前の雪を、積雪があれば毎日汗だくになって除雪している。
 今は大寒。流石にその名の通り寒い。まあこれが山里の普通の冬なのだ。
 寒い寒いと云いながらも、時は春に向かって流れて行く。


 


1/23
 大雪警報が出た。昨夜からの新たな新雪は30cmほどだが、去年の楽な冬を思うと、大雪だ。
 オカカは朝から除雪に出たっきり。何時もの自転車トレーニングなど馬鹿らしくてやってられないというくらいの汗を
かいている。
 親爺は相変わらずのマイペース。ほぼ冬眠状態で籠り切り、ごくたまにドローンを飛ばしに庭先に出る程度・・・。
 さて、そんな親爺とオカカだが、昨日の午後は大相撲中継に釘付け。稀勢の里と白鳳の千秋楽の取り組みに、熱く
なった。何の手加減もなく一気に土俵際まで押し込んだ白鳳を、驚異の踏ん張りでこらえ、稀勢の里の強力な左椀が
白鳳を土俵外に掬い投げた・・・この瞬間に稀勢の里の横綱昇進もほぼ決まっただろう。
 優勝こそなかったものの、過去一年の勝星、休場無しの実績など今の稀勢の里の力量を考えると遅すぎた昇進で
あろう。来場所の土俵入りが楽しみなオヤジとオカカだ。
 雪に降り込められて、今日は居間のストーブにブリ大根の鍋がかかっている。


 庭の雪はとうに垣根を越えて、通路が雪の廊下のように開いているのはオカカの山水融雪装置のおかげ・・・。
 


1/22
 昨夕の大相撲TV観戦は親爺もオカカもドキドキハラハラ・・・先ずは稀勢の里VS逸ノ城に稀勢の里が勝ち、13勝1
敗をまもる。そして結びの一番で稀勢の里を猛追する大横綱白鳳が、新進気鋭の貴ノ岩の猛攻に敗れ、11勝3敗と
なり、この瞬間、稀勢の里の優勝が決まった・・・テレビの中のアナウンサーの声など全く聞こえない。両国国技館は大
歓声と座布団の嵐、我が家も親爺とオカカが大拍手で、やったーを連呼。いやいや遂にこの日が来たか・・・。
 恐らく日本全土が沸いた一瞬だろう。優勝インタビューを受ける稀勢の里の顔にも涙が一筋。
 おめでとう稀勢の里。
 今日の一番で大横綱白鳳を打ち破り、来場所には稀勢の里自身が綱を締めた姿で土俵入りをして欲しいものだ。
 モリヤに雪庇部分を落としてもらってすっきりした我家の車庫。


 スキー場も十分滑れるだけの雪が降ったが、雷鳥バレーでは、下部リフト2基を撤収することに決まったとか・・・?


1/21
 今朝は薄暗く寒い。昨夜に降った雪20cmで、山里の積雪は又1mを超えてしまった。
 親爺とオカカは大相撲ファンで、場所中はテレビで大相撲観戦するのが楽しみだ。二人ともスコブル付きのミーハーな
ので、当然今場所は稀勢の里の応援に夢中だが、いやいや、今のところ非常に好調で、例によってのハラハラ相撲で
手に汗握らせてくれている。もう2勝、何とか頑張って初の賜杯を受けて欲しいものだ。それに今場所は、琴ケ梅以来し
ばらく途絶えていた、富山出身の力士が誕生することになった。しこ名もまだ実名の石橋がそうで、幕下6枚目で全勝優
勝し、来場所の十両昇進を確実にした。
 こうなるとまた、親爺とオカカの相撲観戦もより面白くなる。郷土力士と云うのは無条件で応援してしまうものだ。なかな
かいい男だし、これは遠藤並みに人気が出るかもしれない・・・。夢は三役、大関、そして横綱と言い切る好男子に期待。
 外は又雪が舞い始めた大寒の山里だ。
 昨日とほぼ同じアングルの写真だ。見比べると雪の量が僅かにだが増している。


1/20
 今日から大寒。先の大雪で山里はしっかり雪に埋もれ、現在も1m近い積雪の中だ。
 まあ、この程度の雪なら大寒の今、驚くに当たらない山里なのだが、去年の異常な小雪が頭にあるものだから、まるで
それが当たり前のような気分になって、1mどころか2m、3mも降り積もった雪に埋もれて過ごした日々は記憶から消去
されてしまう様だ。
 この一事だけを見ても、人とはかくも安きに流れ馴染むものらしい。身の回りのあたりまえが、ついこの間までは夢だっ
た事など列挙にいとまはないのだが、そんなことを意識して日々を送っている人は少ないだろう。
 大寒の入りの今朝、山里はさすがに寒さが厳しかった。
 

 辛うじて青空がのぞき、朝日が温もりを少しだけ感じさせてくれる。


1/19
 青空が広がった昨日、あちこちで雪下ろしが始まり、近所の家々もずいぶん軽やかになった。
 融雪装置を入れている家は燃料費の心配だけしていれば良いが、これも結構な金額となるし、雪下ろしを外注すれば
一軒につき大凡4〜5万円が相場だ・・・。
 自分で雪を下ろせる中はいいが、わが山里も高齢化が進み、自力で雪下ろしが出来ぬ家が年々増えている。
 親爺も今は雪下ろしなどは無理になってしまっているが、融雪装置に救われている。
 今や日本は超高齢化、地方の山の集落など過疎どころか廃村寸前だし、大半の地方都市でも同様の現象が起こりつ
つある。さりとてこの少子高齢化、政府も打つ手がない様だし、町おこしや村おこしと頑張っては見ても、これこそと云う決
定的な対策などまだ見つかっていないようだ。
 超過密都市東京の対極に廃村寸前の地方の村、そして過疎化の加速度が上がる地方都市群・・・・・。
 わが山里の近い将来を考えると、心に寒風が吹き込み、ますます寒くなる。


 日本全国に在る、幾千と云う集落が、あと20年もすると殆ど廃村になっているかもしれない・・・・・。


1/18
 青空の広がる朝、冷え込んで8:00現在で氷点下5℃の山里だ。
 低い位置から朝陽が射し、雪面に弾け散り、凍てついた朝に軽やかな金属音を立てている様な気さえする。
 眩しく軽やかな分、温かみもあまりない陽の光だがその騒々しさは群を抜き、春先の温もりの塊のような陽光の穏やか
さに比べると、未熟な子供がはしゃぎ廻っているかのようだ。でもその眩しい賑やかさには心癒される。
 アチコチで雪下ろしが始まっている。この晴天の間に又来るだろう雪に備え、屋根を軽くしておこうと云う勤勉な雪国人
の仕事である。
 我が家は高い燃料代と引き換えに、この雪下ろしからは解放されている・・・・・。


 久々に大日も見えている。
 


1/17
 今日で6日間、屋根の融雪装置が回りっぱなしだ。連続してこれだけ融雪装置が稼働するのは新記録かも知れぬ・・・。
 この間消費した灯油は約400リッター。ドラム缶2本分。32,000円の特別出費である。それでもそのおかげで屋根の
雪はないから、雪下ろしは必要ない。一下しを外注すると、4〜50,000円が相場だから未だましかと云うとそうでもない。
 雪が融けて落ちると、下屋根の瓦が傷むからで、春先になるとその修理に又数万円・・・。やはりこの年になると雪など
厄介ものに他ならぬ。
 去年の雪のない冬が恋しい。


1/16
 今冬はすっかり年末年始の雪の少なさに騙された。と云うより昨冬の記録的な小雪が今冬も続くかもしれないと云う
期待が見事裏切られたというべきか・・・。
 いやいや、積雪もとうにに1mを超え、寒さも強まるばかり。今も雪はしんしんと降り続て量を増している。
 とは言え、寒の中の雪なのだから、わが山里ではこの程度の積雪は驚くに当たらない。
 ここまで降られると雪への慣れが戻ってきて、体は昔のようには動かぬも、まだこの程度の雪かと開き直れる余裕は
出てくる。
 オカカは除雪が毎朝の日課・・・。親爺はドローン撮影・・・。


 庭先も雪に埋もれて来た。融雪装置のボイラーの音が雪の防音壁に包まれ小さくなっている・・・。
 


1/15
 積雪1mを超えた。まあこれが本来の芦峅寺の寒中の姿だ。
 寒いし、融雪装置は廻りっぱなしで心臓に悪いし、なんだか気分も重くなる雪降り日が今日で五日間も続いているのだ。
 去年が特別だったのだろう、全く雪のない冬だった・・・。昨年末からこの正月にかけ、年末年始は去年をほうふつとさ
せる様な日が続いた。で、しめしめこの冬もと期待したのがいけなかった・・・。
 窓外には見慣れて、もうあまり見たくもない雪景色がひろがる。


 右を見ても雪景色、左を見ても雪景色・・・・・。オカカが車庫前を除雪。まだ体力に自信があるそうだ・・・・・。
 


1/14
 いやいや降った降った・・・・・。もううんざりする程の積雪80cm超えの山里だ。
 まあ、喜んでいるのはスキー場だろうが、良かった良かった。でも、年末年始のゴールデンタイムに雪が無かったのは
可なり辛いことだったはず・・・。
 スキー場は喜んでいるだろうが、本音を言えば親爺やオカカはもうこんな雪は見たくもない。
 じっと冬ごもりで、暖かい春が恋しいばかりである。


 急に降った雪で、まだ屋根に密着しておらず、重い雪なのでくるりと巻き込むように、軒先に垂れさがる・・・。


1/13
 だらだらと雪が降り続いている。一晩に6〜70cmも積もるという豪雪ではないが、これで3日ほどかけて少し実降り積
もり、とうとう50cmを超える積雪となった山里だ。しかもまだ1週間ほどは寒気の影響で雪が降りそうだとか、このままで
は一下し(ヒトオロシ≒150cm)の雪が来るのではなかろうかと、ちょっと心配である。まあ、我が山賊庵は融雪装置が
入っているから、雪下ろしからは解放されてはいるが、その代替え燃料費が悩みの種だ・・・。
 朝の止み間のドローンを上げて屋根の雪の付き具合を見てみたが、隣の剣山荘は屋根の融雪をオートで入れっぱな
しなので黒々しているし、我が家はオカカが手動で管理して一寸スイッチを切っている時間が長かったので半利きではあ
るが棟に雪はなくて利いてはいる。
 下から見上げても大屋根は良く見えない。未だ大した雪ではない。今朝のドローン動画はココのページで・・・・・。


 小寒の芦峅寺ならばこの程度の雪は少ない方だ。


1/12
 流石に寒い朝だ。昨夜から今朝までに新たに降り積もった雪は、十数センチ。現在の山里の積雪は30cm足らず。
 雪は未だ間欠的に降り続いている。
 親爺もオカカもこの雪を見越して、数日は外出する必要のない様に、考えられるだけの所用を済ませ、当座の食料も
買い込んでおいたので、慌てることもないが、屋根の融雪装置を入れるか切っておくかに心悩ませている。何せ一時期
60円台だった灯油価格も今や80円である。どうかすると大凡一日で100リッターもの灯油を消費する融雪装置である。
 さりとてこの雪降りではスイッチを切っておくわけにも行かず、降りしきる雪を恨めしく眺める。


 去年着手してとうとう完成を越年させてしまったタミヤの零式艦戦52型。何とか手抜きながら、昨日完成した。
 


1/11
 いよいよ雪が降り始めた。今朝まで降ってはいなかったのだが、9:00を過ぎたころから急に降り始め、我が家でも慌
てて屋根の融雪装置のスイッチを入れた。試し炊き以外には今冬初めての稼働。
 ちょうど原油価格が上がって、灯油も配達してもらうと1リッター80円と一時期と比べるとかなり高くなっている。で、オ
カカはボイラーの音が聞こえると落ち着かず、外ばかり見ている・・・・・。恨みの雪である。
 まあ、スキー場では雪を待って喜んでいる人もいて、親爺やオカカにして観れば迷惑なばかりの雪も、そこでは大歓迎
恵の雪となる。人間など勝手なものだ。
 小寒の今としてはまだまだ雪は少ないが、だんだん見慣れた雪景色になってきそうだ。


 我が家の庭、ドローン発着場もほとんど雪に覆われた。 お供えがない正月だったので、今年はあられ切りもすぐ終わった。
 


1/10
 山里はまだ雪が少ない。今夕あたりから本降りになり、雪が数日も続くとの予報。じょれは大雪になるか・・・。
 友人が亡き爺様にお供えしてくれと、大きな晩白柚と云う柑橘果実を送ってくれた。その大きさはスイカほどもあり、こ
れはどうやって頂けばよいのかと、兎に角仏前にお供えしておいたが、そろそろお下がりをいただいても良い頃だと、
昨日これを下ろし皮をむき始めた・・・が、これは大ごとで、慣れぬ作業に四苦八苦。皮も厚いが、果実もかなり大きい。
 で、親爺は果敢にトライし、どうにか皮をむいたが、ピール用に皮の白い部分を削り取る段階で、オカカが見かねて、
助けてくれた。いや、流石早い・・・・・。皮を刻むところまでササッと終わらせ、果実もきれいにむき、取り出してくれた。
 とにかくこの大きさだ。


 オカカが親爺を見かねて助太刀。流石主婦手際が違う・・・・・。


 親爺の仕事は力任せのここまで・・・・・。                 皮はピールに。
  

 果実もこの量の倍はある。                     食べきれぬ分はジャムに煮る。
  


1/9
 昨晩は湿った雪がわずかに降った様で、屋根がわずかに白い部分を増やしていた。
 気付けばもう小寒に入っており、後10日もすれば大寒となる。
 それにしても雪が少ない山里だ。親爺もオカカも去年から続く雪のない冬にすっかり慣れ切って、除雪作業もすっかり
忘れてしまっている。
 が、この後明日の後半から、この冬一番の寒気が入り日本海側は雪になり、大雪の恐れもあるとか・・・。
 まあ、降ったらフッタで仕方あるまい。もともとが豪雪地帯の山里だ。じっと冬ごもりを決め込むばかりの事だ。
 我が家も庭に僅かな雪が残るだけ、屋根も融雪装置の利用無しでこの程度の小寒である。
 ドローンで撮った我が家。親爺が庭さきでドローン操縦中・・・。


 視認性を高めようと黄色く縫ったドローンだが、その効果は殆どない???



1/8
 今朝も穏やかな朝で、寒さもあまり厳しくはない。
 昨日は所用で富山市内まで出たが、晴天のもと立山がすっきりと姿を現していた。
 この時期なら山頂部からかなり下部まで真っ白なのが当たり前だが、雪が少なく、弥陀ヶ原あたりは未だ黒い部分が多
く見えた。今冬も小雪なのだろうか。
 親爺には雪はないに越したことはないが、これだけ少ないとちょっと物足りぬ。
 まあ余計なことは言うまい。冬の神様は刺激せぬに限る・・・。


 とにかく昨日は、富山平野のどこからもこんな立山連峰が望めた。


1/7
 わが山里の伝統的な七草がゆは、”正月のお供え”と称え仏壇や神棚、床の間などに飾るいわゆる鏡餅を材料とする。
 恐らく、新春とは言え雪の盛りで、春の七草、セリナズナゴキョウハコベラホトケノザスズナスズシロなど見たくとも見ら
れなかった豪雪地帯のわが山里だったから、正月7日には”お供え”を下ろし、餅、ミカン、昆布、干し柿、勝栗を5草に
見立て、これに黒豆、越冬野菜の大根などを加え7草として米がゆに炊き込んだものらしい。
 もちろんミカンは皮をわずかな香りづけ程度に、干し柿もかすかな甘みがつくかつかぬか程度のほんの僅かに加減し
て加えたのだが、年に一度の不思議な味で、さほど美味くはないが懐かしいような鄙びた味わいの粥となる。
 今年は未だ喪中故正月のお供えをしなかったから、この七草がゆも取りやめで,今朝は普段通りのご飯をいただいた。
 快晴に恵まれた雪のほとんどない山里である。居間にも眩しい朝日が射しこんでくる正月七日だ。


1/6
 寒い朝で、床屋へ行こうと隣村まで車で出かけるのも大変。道路が凍結して薄く氷が張っている個所が多いので、坂
道ばかりの山里の道路は特に危ない。こうなると下りでは四駆もあまり役には立たない。親爺もいつもの倍ほど時間を
かけて床屋にたどり着いたが、2回ばかり嫌なスリップ感を味わった・・・。
 まあ、そろそろ氷も緩んできたので、オカカは買い物に出かけ、床屋でさっぱりした親爺は留守番だ。
 今日明日は天気が良いとの予報で、現在の10cmあまりの雪も解けてしまうだろう。
 今朝の山里は酷く寒かった。


 昨年の台湾行で林先生にいただいたウーロン茶が美味しいので、最近の親爺はウーロン茶ばかり飲んでいる。
 高級なウーロン茶は香りが高く味わいも深い。


1/5
 去年、川崎重工が120周年を迎えた記念行事で、同社が戦前開発した旧帝国陸軍三式戦闘機”飛燕”をレストアした。
 そのことを受けて(だと思うが)、戦後の模型界を席巻したタミヤが1/48スケールの新型飛燕を発売した。
 勿論飛燕は名機故、タミヤもその他のメーカーも飛燕はいろいろのスケールで出しているが、これはかなり気合が入っ
ているらしく数年前に出た、零戦52型に匹敵するグレードのプラモとの前評判・・・で、もちろん親爺も昨年中に予約注文し
ておいたのだ。
 いやいや現物を見ると、中々良い。これは面白そうだ。じっくりと腰を据えて、そのうちに作ろう・・・・・。


 タミヤの零戦52型は去年着手して、殆どできているが、まだ仕上がってはいないのだ。親爺もこれでドローンや美味い物
作りもあって結構忙しいから・・・?                 今のところ、山里は雪が少ない。
 


1/4
 正月3ケ日もあっという間に終わった。帰省していた娘たちも今夕に次女が帰京するのが最後で、三女、長女は昨日
それぞれの住処に帰って行った。
 賑やかこの三日間だったので、娘らが帰ってしまうと寂しくなるが、又オカカと二人だけの静か戻ってくるのも決して悪
くはない・・・・・。
 世の中も早い処は今日からか動き始めており、親爺も病院へ薬をもらいに行って来なくてはならない。年明けの用事
が薬もらいに病院と云うのもちょっと情けない話だが・・・。夕方空港へ次娘を送った後に病院へ回ろう。
 雪も少なく、良い正月だったが、スキーなどをする人たちにはちょっと寂しいだろう。
 スキーにもすっかり縁遠くなってしまった親爺とおかかだが、昔取った杵柄でまだソコソコは滑れるかもしれないと思い
もするし、いや初心者用ゲレンデも危ういかもしれぬと思ったりもする。まあ君子危うきに近寄らずが無難だろう・・・。
 山里の雪は1月4日でこの程度。


 なんだか春先の雪解けの頃と錯覚しそうだ。


1/3
 今日も朝から箱根駅伝。今のところ母校は何とか4位・・・。親爺の心配したシード権争いの順位までは下がらぬも、
どの学校も強い。
 特に青学、早稲田、順天堂、駒沢等流石古豪の力がある。
 でも、大根踊りの東京農大や、中央などが出ていないのは寂しい。
 居間から松本へ帰る3女を見送りに行くが、中間のレースを見られない・・・。これは仕方ないが。


 昨夕の大日はきれいだった。


1/2
 箱根駅伝の朝、親爺は今年もテレビ画面にくぎ付けだ。幸い一区で服部君が激闘の末区間賞を確保、2区の山本君
に引き継いだが、現在二区は青学に先頭を譲っている・・・。
 親爺などテレビ観戦だけで息が上がりそう。恐らく親爺の今日、明日はこの箱根駅伝テレビ観戦で終わるだろう・・・。


1/1
 今年は新年の挨拶が出来ぬ親爺だ。それでも山賊庵親爺として、つつがなく新年を迎えており、山里は雪も少なく、
良い正月となっている。
 今年はオカカの干支、酉年である。だから夫婦そろって60代となる。
 六十代夫婦が歩む今年の道はどんなことが待ち受けているだろうか。そろそろ足腰も弱っているので、転んだりせぬ
様、気を付けてゆっくりと歩まねばなるまい。転ばぬ先の杖ともいうが、その杖が健康管理であろう・・・。
 健やかでさえあれば恐らく楽しく暮らせる、ありがたい日ノ本の国である。
 本年もどうぞ宜しく。

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